宮原昭夫先生に会えた

 先日、横浜文学学校(横文)の師匠である宮原昭夫先生に会ってきた。直接、教えていただいた4人の仲間と挨拶に行ったのである。先生は90代だが元気であった。芥川賞作家であり、一度だけ家族療法学会の特集「文学と家族」で小森先生と3人で対談した思い出もある。

 私が入ったのは15年くらい前だろうか。一緒に行った仲間には30年、25年という人もいる。宮原先生は厳しかったしユーモアあった。「まだ居たんですか」と私は言われたこともあるし、他の人は「もう辞めてしまいなさい」とか、宮原語録ができそうである。

 私が入った頃は低迷期で会員は少なかった。足の悪い宮原先生の歩調に合わせ、二次会に歩いたことを思い出す。足の悪かった母と歩くような気持ちがいつもしていた。

 ところが時代がやってきた。横文の先輩であった「村田沙耶香」さんが芥川賞をとり、売れっ子作家になると若い会員が入るようになったのである。

 村田さんは宮原先生を慕っていて、合同合評会でお会いした時、二次会の席、宮原先生の横で、冗談とも本気ともとれる話しやコメントを、ビール瓶の並ぶ机の下でメモっていたのを思い出す。プロはこういうものかと衝撃を受けたものだ。

 その後も島口大樹など新人賞を取る人が続く、最近の若い人の感性には追いつかない感じもあるが、皆、勉強熱心だ。というか、文学がすきなのだ。きっと、村田さんに続く人が出るのに違いない。昔よんでいた文芸誌をまた読み始めた。

 宮原先生が訪問した私達に文学誌をくれたのがきっかけだ。

 文学界を久しぶりに読んだ。その号は「浮遊する言葉」、詩作がテーマである。詩、短歌、俳句、川柳には「説明」がない。小説は説明が入れられる。私の作品は「説明が多い」と宮原先生から言われたことを思いだす。今でもやっぱり説明が多くなってしまう。

 山川健一師匠と飲んだ時にも、論文じゃねんだから長い説明はいらないと言われた。宮原先生は適当に渡したのかもしれないが、「浮遊する言葉」はかなり刺激的な内容だった。

 今後は、詩を読むことにした。でも、わからないんだよね。なかなか。

藤村邦と渡辺俊之のブログ

精神科医をやりつつ小説や新聞のコラムを書く藤村邦(渡辺俊之)のブログです。