臨床雑感

 大学の福祉系教授時代は、臨床は週に1日程度だった。今は毎日、時間外を含めた朝8時から、時には昼休み中も患者さんにあっている。知人のクリニックは新患をとらないというところもあるが、私は自分の勉強になるので、時間外や昼休みを割いても新患をみている。勉強のためだ。患者から学べという恩師の事があるからだ。

 医師・患者関係というのは医療という枠の関係性であり、そこに権威構造が張り込む。それに対して出てきたのがナラティブセラピー、オープンダイアログである。医師・患者というよりも、人と人で対応することを重視する。

 時間がとれれば話を聞きたい患者さんは大勢いる。しかし、新患を受けているうちに患者さんは増え続けてしまった。

 「出会い」が重要と思っているので、医師・患者関係よりも、なんだか、友人、知人、家族と会うような気持ちで患者さんに会っている自分がいる。

 精神分析でいうところの逆転移の活用である。不登校だった子が学校に行けた、大学卒業して就職が決まったと聞くと嬉しい(父親逆転移)、高齢者が元気でやってきて高度成長を語るときジャパンアズナンバーワンなんて時代を思い出す。

 私も酒飲みなので、何の酒が美味いなど話したり、節酒を競争したりもしている。いつのまにか私がウィスキー好きと知った人は、珍しい逸品を持ってきてくれる。患者からは品々をもらってはいけないと研修医時代に教わったが、どうでもよくなった。(要求してるわけじゃないですよ)

 自分の臨床スタンスを決定的に私を変えた体験がある。

 神奈川の大学病院に居た頃、息子を連続して失った1人暮らしの不眠症の高齢者Aさん(当時の自分の母親のような年齢)がいた。彼女はバスを二回乗り換えて山から下りて待ち時間も長い大学病院に来ていた。

 半年もして薬なし眠れるようになったので「もう来なくて大丈夫ですよ」と言ったら、驚いたことに、Aさんは、俯いて泣き出しただ。

 「先生と話せないと一人になってしなうよ」と言ったのだ。この時、私はAさんの中で「息子」だったのだと思ったのである。そして、しばらく息子になった。Aさんは庭先でとれたネギだの、旅行にいった時の土産などを持ってきくれた。半年後、地元のデイサービスや老人会につながり、人としてのつきあい(母息子転移関係)は終わった。

 あの当時の本当の理由は、私がAさんに(母親転移)していたのだ。というふうに、精神分析理論があるから内省できる。

藤村邦と渡辺俊之のブログ

精神科医をやりつつ小説や新聞のコラムを書く藤村邦(渡辺俊之)のブログです。