駄菓子屋、不良、高校時代

 今日の小さな旅(NHK)は大阪の中崎町であった。行ったことはないが、昔からの町の景色が残っていて昭和の風情に溢れていた。そこで駄菓子屋が紹介されていた。子どもの発達は家族内だけではない。地域に抱えられ守られて発達していく。その意味で、現代は不毛になった。子ども達は部屋でネットゲームにタブレットである。遠い場所の人とバーチャルでつきあっても、それは人付き合いではないと思う。子どもはバーチャルに自分の居場所を求めていく。私が幼稚園時代、7丁目の斉藤君と毎日遊んだ。斉藤君しか友だちいなかったし。彼の家の前に駄菓子屋があった。名前はわすれたけど、「あの時のワクワク感」はいまでも心に残っている。高校時代は不良もいた。高崎とか学ランがたむろしていたものだ。町から不良も消えた。不良は「脱家価値感」からの受け皿だった。「ダチ」には言いたいこといえたからだ。

 中央高校時代、私は勉強などせず、ダチと一緒に、賭け麻雀、喫煙、パチンコ、それにギターをかき鳴らす高校生だった。まだパソコンがない時代、高崎の街は遊びの天国であった。高校から高崎に行き、そして玉村に自転車で帰った。

 高校時代にやってなかった飲酒は今は私のダチになっている。

 というわけで、中学、高校生は私は勉強などは二番目でいいと思って居る。もっと学べきことは「世間」と「人間関係」と「新しい価値感」である。


藤村邦と渡辺俊之のブログ

精神科医をやりつつ小説や新聞のコラムを書く藤村邦(渡辺俊之)のブログです。